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ヤクザ屋さんの中にも気持ちの通じる兄貴もいる。Sちゃんはなかなかの武闘派で、日頃はにこにこと話もしやすいが、一度機嫌を損じるともう手が付けられない。あるときなど、お店で何かのもめごとで話し合いの最中、ピストルを振り回したりして危険極まりない。ある大きな組のなかで自分の一派を率いて、凌ぎもそこそこあるらしい。なにせ夜昼なしに遊び歩いて、飲み歩いて、女もして、ぼろぼろの体になった頃、なにかの事件でパクラレテ、少々お勤めに出る。塀のなかでは、規則正しい生活と十分な治療をうけて、出所するころには元気溌剌。よう帰ってきたで顔とを出す。そんなことの繰り返すのSちゃんから、マスター、連中の若い衆が仕返しに来るらしいでとの知らせがきた。暴力団担当刑事に相談しても、何かあったら連絡してくれぐらいのことで、何かあった時はもう遅いんやと突っ込みをいれたくなる。仕方がないから腹に新聞紙を巻いて晒で留めておく。濡れた新聞紙がいいんだけど、まさかそうはいかない。トランシーバーを買い込んで駅前の交番に子機を置いてもらって、まさかの時は連絡、駆けつけてもらうように頼みこむ。皆さん事件の後の方が大変だよ。
一方、お店の方はその逮捕があって以来、ヤクザ・チンピラの出入りがぴたりと止まった。
あの店のマスターはすぐポリにチクリよると警戒してのことだ。
そのうち、取り調べが進んで、公判が近づいてきた。被害者証人として、証言をしなければいけない。
4人のうち、一人は未成年であったらしく、親からはいずれ御金は弁償するから、ほんの使い走りったと証言してくれなどと言ってくる。
その後の人生で民事は何度か経験することになるんだけど、刑事は後のも、先にもこれっきりの経験だ。
明石地方裁判所の何号法廷か忘れたが、証言台に立たねばならない。当日腹を決めて法廷に臨んだ。
傍聴席には、被告4人の家族やら、連れやら、子分やらがつめかけている。チクッタのはこいつかとばかりに視線が集中する。決して気持ちの良いもんでは御座いません。それでも不思議と冷静な気持ちで、断固個人の生活権を踏みにじるようなことは許されないとか何とか証言しちゃいました。
未成年はそうたいしたことにはならなかった。しかし、主犯の二人は、前も有り、保釈中でもあったりして、その後6-7年のお勤めに鳴った筈。
出所後、ひとりは自宅でダイナマイト自殺。もう一人は拳銃自殺をしてしまった。
こんな修羅場はとても我々には耐えられない。我々が手を染める仕事ではありません。
心配したお礼まいりにはなんとか合わずにすんだようだが。

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世間知らずか、向こう見ずかよく分からないけれど、ヤーサンの凌ぎ場の雀荘に押し掛けて集金を迫った。
虎の尻尾を踏んじゃった。ほっておけば借金が有るわけだから、寄りつかないのに、因縁を付けるいい口実を与えに行ったようなもんだ。やがて若衆が使い走りで、兄貴が呼んでると伝えてきた。近くの喫茶店で待っているという。仕方なく出かけてみると、恥をかかせた落し前をどうつけるんだと散々脅し挙げられた。
その時はじめて分かったんだけど、私は割とそんな修羅場に強かった。相手はヤクザ屋さんだから、決して人前では暴力を振るわない。手は出さないことは分かっている。とすれば話はお金だ。一体どうしてくれるんだとは、お前さん一体幾ら払ってくれるのとの謎かけだ。
4人ほどを相手に、交渉と言うよりは喝揚げ、恐喝を絵にかいたような小一時間。やっと30万持ってこいとなった。それに対し、我が方の要求は、今後決して店に寄り付かないと一筆入れろという条件だ。
まさか、ああもあっさり吞むとはおもわなかった。よほど金に困った上でのことだろう。翌日だったか、お金と一緒に誓約書を持参して、4人に自署のうえ拇印まで押させちゃった。
言い忘れていたけれど、弘子ちゃんの親父さんは県警たたき上げの鬼刑事。専ら強行犯ばかりを扱ってきたベテラン。その部下にY組専門の前田貢警部がいて、この人が私の従姉妹の旦那と尾上の航空特攻隊での同期生。そんな関係から、この脅しがあった初めから相談を掛けて、その指図どうりに動いたまで。
自署・捺印の立派な証明書附きの恐喝はたちまち立件されちゃった。
全国紙にでかでか報道されて、NHKのニュースにまで流れた。あちこちから、無事でよかったとのお見舞いの電話が入る。
しかし、逮捕されてそれで御終いと、ことはそんなに簡単に収まるとも思えない。・・・さてどうなることか。

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クラブスタイルのボサリオも振り返ってみれば3年余り続いた。
いまや明石駅正面となっている新納ビルの2階。40坪近くの広いワンフロアを借り切って、俺も馬鹿だったんだ、思いっきり豪華絢爛な内装を施し、デザイナー大北某に頼んでレイアウトを考える。もちろん内装工事は永田親分直轄の明石土建さんにおねがいした。開店間際の追い込み工事で、WCからボヤを出したりして、考えられないドタバタのなか、何とか開店。エレクトーンの生演奏にお店の壁面に特大スクリーンを貼り付けて、ちょうど開催中の大阪万国博のスライド写真を映し出す。ついでに歌の歌詞を写して、エレクトーンの生伴奏で、お客に気持ちよく歌わせた。巷にはまだカラオケの爆発的流行の兆しも無かった頃のこと。
ところでこの業界で一番の苦労は、ホステス集めとヤクザヤさん対策。当時明石の歓楽街桜町もなかなか盛んで、老舗クラブも数軒ありました。その連中からみれば、断りも無く駅前でクラブでございと、店を張っているのが目障りでしょうがなっかたに違いない。
明石といえば、神戸のY組の直系の親分さんがたくさん居られて、その組同士が凌ぎを削っていた頃です。
どこかのお店が、ちょいとボサリオを観ておいでよくらいの頼みをしたんでしょう、それらの組の若い衆が入れ替わり立ち替わりやって来る。そのうち店のナンバーワン・ツーの若手二人が、ある組の親分と、若頭の愛人になる始末。我々素人はアレヨアレヨと横で見ているしかありません。ヤクザヤさんも親分ともなると、なかなかの貫禄で、お店ではきれいな遊びをする。これだけは関心しました。しかし、他の極道とやらが始末に終えない。それも幹部級の連中でなかなか顔の利いたあるグループが連日押しかけてツケを残して帰った。
ホント世間知らずだったのかどうなのか、よせばいいのにその連中がマージャンをしている雀荘に集金に出向いた。そのときの連中の目玉をむいた表情をいまだに覚えている。これがその後の恐喝事件の発端になろうとは。

 

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入江商店を長男の誕生と同時に辞め、てんぷらマルイチの営業に専従することにした。j辞職の挨拶に本社に行くと、安達総務課長がお別れにごちそうするからないが良い、好きなものをとの有難い申し出がありました。
気持は前4回のてんぷら繁盛記に見るごとく既に天ぷら屋に関心はうつっております。
ここ堂島には、カウンター天ぷらの名店・一宝があることも聞きこんでおります。すかさず、一宝がよろしいようでとお願いして、コース2万は下らない、おまかせを堪能する。職人さんの手元を食い入るように眺めた。
粉の溶きかたから、ネタの衣つけまで、眩しいばかりの手際良さ。もう声も出ない。やはり一流と言われるお店は違いました。お客のテンポに合わせて、てんぷらが次々供され、いくらでもお腹に入る。油はなにお使っているんだろう。白絞油にゴマ油も少しはかましている香りがする。メモを取るわけにもいかず、全てを目に焼き付けた。かたわらの安達課長も私のあまりの熱心さに苦笑しておられた。これじゃあ入江に居るわけもないと思われたに違いない。その席で、入江商店への感想を問われて、ゴチになった手前、2・3申し上げたことを覚えている。この感想は意外と当たっていて、平成15年5月だったか、メインのりそな銀行に引導を渡されて入江商店が遂に倒産した際に、その原因とされたこととピタリと符合しておりましたとさ。
このてんぷらマルイチでは昭和55年(1980年)まで、板前修業に精出しておりました。その間11年、身体からてんぷら油の匂いを染み込ませながらの毎日。
一方、永田親分は次に駅前・新納ビルの建築に取り掛かり、子分連中にそれぞれの階での業種まで指定する。もうメチャクチャ、ゴリオシ。しかしこの無理は断るわけにはいきません。そして今回は「津野君、2階でクラブをやってみろ。」との御託宣だ。あのオネーチャン・ホステスを侍らすクラブですがな。

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今日帰ってみると、先日12月4日に行った保津川下りの記念写真がクロネコメール便で届いていた。
確か、保津川下りの3分の1くらい下った、トロッコ駅から降りられる岩場。それもちょうど船が真横にその前を通り、流れもゆったりとした絶好の場所に、カメラマンがたった一人、カメラを構えてスタンバイして、我々の船をパチリと写しておりました。それも船頭さんも声を揃えて「ハイ、チーズ」ときた。
おもわず、今撮った写真を船着き場でわたしてくれるのかと船頭さんに聞いてみる。船頭さんは苦笑いして、いくら便利な世の中でも、そこまではできませんとの返事。後日御宅へ郵送しますから、ご希望の方は今回す回覧板に住所・氏名・写真の大小・枚数を書き込んで下さいとなった。
そのことは、もうすっかり忘れていて、今日着いた記念写真を見て驚いた。これが中々の優れもので、構図・タイミングどれをとってもかなり、これまでするには苦労しただろうという代物。もちろん一組買うことに。
ところで、世に名所旧跡に行けば、どこでも撮影の絶好ポイントがあって、写真やさんが手ぐすね引いて待ちうけていても、団体さんならいざ知らず、個人客はそんなの関係無いとばかりに、それぞれが写真を撮りやっこする。がこの船上では、全てのお客が記念写真に収まる仕掛けだ。
事実、この写真でも23人のうち顔が写っていない人は1人。最前列の私に回覧板が回ってきたときには11件の注文が書き込んでありました。とすれば二人ずれが一組注文しています。それが夫婦なら一組ですむが、友人同士なら2組となる。
年間30万人がこの川を下り、二人が一組の写真を買っても150,000組。8掛けでも120,000組。
最低でも  120,000組×1500円=180,000,000円 多ければ225,000,000円。これだけを独りのカメラマンが映し出す。
 もちろん船会社・船頭さんへのバックマージンもいるだろうが、ざっと考えてもこれほど効率の良いビジネスモデルはありません。
振込先を見れば、有限会社 保津川写真 だって。 所在が亀岡商工会館内とあるから、これほどおいしい果実を一人が独占出来る筈がない。きっと既得権益の巣が張り巡らされているんだ。
・・・ああ、私もなりたや保津川写真に。

 

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