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 前に沖縄基地の地主が如何に国を相手に暴利をむさぼっているかをレポートした。
多分、元の土地を収用された地主の手から、転々と転がって全く沖縄の地に縁もゆかりもない人・企業の所有となっている土地も多いんじゃないかな。
そんな中、これぞ究極といえる収益物件が尖閣諸島と分かった。
「尖閣諸島は我が国固有の領土」と言われているが、実はこの島にはオーナーがいて、国が賃借料を払っている「私有地」であります。けっして国有地ではないのです。
沖縄・石垣島の北東に位置し、魚釣島・南小島・北小島・久場島・大正島の5島で構成される尖閣諸島。
広さと言えば全部で河口湖ほど。69年国連の調査で地下資源が確認されるまでは、全く注目されることはなかった。沖縄県在の郷土史家によると「もともと尖閣諸島を開拓したのは福岡県八女市出身の実業家・古賀辰四郎氏。古賀氏は明治初期の1870年代後半、八女茶の販路拡大のために沖縄に進出。高級ボタンの材料になる夜光貝に目を付け、殻を海外に輸出して莫大な富を得た。その資金を元手に東シナ海の島々の開拓に乗り出し、1896年(明治28年)、政府から尖閣諸島を無償貸与され、カツオ節工場やアホウドリの羽の加工場を設け、一時は280人余りの島民が暮らしていた。」
島はその後、1932年(昭和7年)に辰四郎氏の長男、善次氏に当時の価格で15000円(現価2500万円相当)で払い下げられた。(大正島を除く) その後戦時の物資統制による燃料不足などで事業は中止、1940年代前半に無人島に。70年代に入って間もなく、古賀家と親交のあった埼玉県の結婚式場経営者A氏に約4600万円でっ譲渡されている。
国がA氏と賃借契約を結んだのが02年4月で、賃借権者は総務省。年間の賃料は南小島が188万円、魚釣島が2112万円、北小島が150万円で、〆て計2450万円。これまでざっと2億円以上の金を国は払ってきた。30年程は無収入だったが、これなら持っていた甲斐が有ったと言うもの。
今や年50%の超優良物件に化けた。そのうえ国際問題の地となれば、国もほぼ永久に明け渡すとは云って来ないだろう。こんな物件ほかにありますか。


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 兵庫県大神戸がなんとかギコチナイ状況ながら11-0で完勝を収めたのを見届けて、金沢を目指して走り出す。
ついで旅行にしては遠方を目指したわけだが、実は5月の連休に金沢にある東急ハンズ・トラックマーケットとやらを見学し、これまたついでに能登・輪島を見てこようと計画していたが、都合で延期となっておりました。
何が気になったかといいますと、普通店舗を開く場合、そこそこの内装とある程度の期間が保証されないと二の足を踏むのが普通。所がニュースによるとトラックを横づけにして店を開くような感覚でアウトレットショップとして地方都市に東急ハンズの宣伝を兼ねてむしろ期間限定で出店すると言うものだ。
このコンセプトでいいなら、解体まで数年のビルでも立地によっては出店要請が出来るのではとの魂胆。
東急ハンズの名前でかなりの集客も出来る。
金沢の繁華街は香林坊で、金沢城・兼六園のすぐ近くだ。
その香林坊のスクランブル交差点から少し離れて109ビルはあった。
確か3階フロアーだったと思うが、あのユニクロも出ていて、こちらはバッチリユニクロ仕様の店舗内装が施してある、その前にトラックマーケットはありました。
確かに想像以上の手抜き内装だった。フロアーはピータイルを捲ったまま、接着剤の鏝跡が浮き出てる。
壁は商品で覆い隠され、ぶら下がっている蛍光灯も使い古してカバーがまっ黒けだ。
しかし、この状態でも売り上げは好調で、当初の期間を2ヶ月も延長する事になったと店員の話。
いくら美しい内装でも売る品物に魅力が無ければ売れないし、倉庫のような所でも品定めする女性客の姿が絶えない。要は立地と内容だ。・・・勉強になりました。
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 東京のマンション事情を聞かれた。
常々、この地域の戸建て・マンションの事情も多少は知っているつもりだが、具体的に物件名を挙げられて聞かれても、やはり現地の街の状況から見なければ判断がつきません。
ところで、東京はなんと物件価格の高いこと。
23区内で住友とか三井の開発ものが麗々しく報じられるが、まずもって引き渡し時期の次には必ず販売価格未定と書かれている。
実際未定なのか、見学者の層を見ながら微調整するのか定かではないが、平米・80万は平気でつけている。
このご時世、時間が有れば、10年落ちくらいの任売マンションを入手して好みにりホームすれば約5-600万は安く手に入るのだが。新築代はまあ1000万で、入居と同時に500万、10年暮らして1000万は落ちるんでないか。
俺なら不動産取引免許があるんだから任売110番などNPOで窓口となっているのに声をかけ、売り手事情に配慮した条件での引き取りに応ずと申し込めば、案件の10や20は即座に出てくるんじゃないかな。
BK・債権者との交渉はNPOに任せて、あくまで売り手の事情に併せる気持が大切だ。
競売物件もかなり出ているが、まずは任売から探してみようか。

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 街の入江商店という名のお店はたぶん日本に掃いて捨てるほどあるんじゃないかな。西明石の入江商店は氷屋さんだ。
しかしここで言う株式会社入江商店は私がサッカー2部転落を逃れるべく練習に励んだばかりに、肝心の就職活動を疎かにして、時あたかも昭和40-41年不況のさなか、やっと巡り合って内定を貰った会社だ。
平成15年7月31日自己破産負債総額327億との文字が紙上に踊る。
同期入社は3人で、私を除く2人はまだ辞めずにいて両者とも常務になっていた。
奴らが常務なら当然私がおれば社長となっていたところだ。
この時の社長は長年経理担当の方で、2代目社長に代わって幕引き役を引き受けたんだろうと思っていた。
悪いとは聞いていたが、私にとっては突然死のごとく感じられて様子をうかがうべく大西常務に電話をいれた。
大西常務曰く、我々もあまりに急なことで驚きを通り越していると繰り返すばかり。
まだ何も手がつかないようすだ。なにしろ月末の資金手当てはメインのりそなBKがOKを出していたとかで、
本店決栽でアウトになって、そのまま突然死とか。
しかしそれまで再三財務改善を勧告されていたらしく、ぎゃくにこれぐらい大きな借金があればBKもよもや潰しはしなかろうと高をくくっていたんじゃないのかな。
売上の最高で650億とか言っていた入江商店が何故自己破産に至ったか。
それは過剰な自己接待と、専務・常務あたりのイケイケ精神が災いして、新事業とやらを立ち上げては、失敗して借金の山を築いたことが主な原因だ。先日やっとお会いした元副社長も8億ほど損害をかけたかなとうそぶく。
それでもオーナー社長でもっていたところ、ボンボン育ちの2代目社長となって一気に社風も変わってしまい、
大局を見据える人物がいなかったということ。
その後、入江商店は大銑産業にそっくり引き取られて、一時はどうなることかと心配した若手連中もほぼ元どうりの元気をとりもどしているとのことだ。
だって、入江が新日鉄に持っていた商権は凄いもんだった。大銑産業さんは棚から牡丹餅だったんではないかな。
もう少し知恵があれば、負債を切り離して再建を探る方法もあったろうに。私に一言声をかけてくれても良かったのに。

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この同窓コネクションは不動産仲介の駆け出しの頃の私にとって、思いがけない武器となりました。
このダブル・頭突き契約の後も、ほんと うにたびたび同窓の助け舟で成約に至った案件多数。
かくして10年の年月を数え、今は信頼してお任せ下さる先も出来、期待に添える働きを心がけるまで成長したつもりです。この10年の成約案件につきましては、まだまだ生々しくて、HPにUPできません。
ただ、前にも書いたように、遂に我が天職に辿り着いた手ごたえを感じていることは確かです。
判断を求める側から、判断を促す立場へと移るとともに、一層責任ある仲介を行う責任がついてまいります。
私がお世話するお客様の最大のメリットを確保するため全身全霊を持って取り組んでいます。
かくして、地を這いずりまわった30年を無かったかのように思える今日ながら、何時の場合もやってることはほとんど同じで、何とか目前の問題を乗り越えることに全力を尽くしてきたこと。それによって、問題解決能力が多少は身に付いてきたのでしょう。ただ不動産仲介の場合は解決したことに対する報酬が大きいことが幸いしているわけ。
それと商大を卒業して勤めた株式会社 入江商店で経験した、富士製鉄・八幡製鉄後に新日本製鉄という世界的巨大会社の現場を走りまわったことで、巨大組織・会社法人に対して何の引け目も感ぜず相対することが出来ることです。
臆せず企業にコンタクトをとり、その企業のための最大メリットの物件を探し、最速でプレゼンスする。するとその営業過程で同窓コネクションの助け舟が現れる。
そして今は、同窓の相方まで獲得してほんとうに贅沢極まりない仲介をいたしております。
後、N先輩を見習えば15年は働ける。
そして、そろそろ仲介から不動産の新しいビジネスモデルを構築出来るような予感もあります。
要するに、我が人生もまんざら捨てたもんではなかったようです。

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永遠の自営業者で好奇心の塊。
自他ともに許す体育会系ミュージシャン(SoccerとTronbone)
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