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 全日本デキシーランドフェステイバルに出演するのもいいが、自主公演も企画せねばならなくなった。ジャズ好きの常連のなかから、ハウス・ビッグ・バンドを結成しようとの動きが出てきた。たまたまお店に立ち寄ってそれ以来、演奏のある日には欠かさず顔を出していた、西区工業団地の神戸造機勤務の港良一さんが、近畿大学時代のバンド経験を生かして、バンド結成の音頭を取ってくれた。お店の休業日・毎週水曜日だったか。練習会場に提供しての練習が始まった。今でも不思議に思うんだけど、あれよあれよと言う間に、ビッグバンドワンセット出来ちゃいました。名付けて『明石メイトジャズオーケストラ』。このメイトというのは、我が母店・事業本体である喫茶リオ・ブラジルがあった明石ダイエー東館地下飲食街の名前だった。
 バンドとして恰好がついてくれば、演奏を披露したくなるのは人情。昨日のタコタコでも顔を見せていた、ベースのゲンサン、メトロノーム生頼、津野啓三、裏方にまわっていた川崎小倉昆布君等。サックスの番ちゃんに段ボール橘ちゃん、ギターの島ちゃん、ペットの杉本の名前も覚えていまっせ。コンサート会場としては、念願の末やっと完成実現していた明石市民会館の中ホールが御誂えむけ。約500人は入るそうな。非営利なら使用料もリーゾナブル。入場料の上限は500円以下。そこで額面499円にして1円玉を貼り付けて500円で売りさばく。出演バンドはボサリオ一座と明石メイトジャズの2バンド。ポスターも仲間の誰かが手作りしてくれたはず。かくしてコンサート名も私の独断で『GOOD TIME JAZZ CONCERT』と名づけ全てが順調にことは進んだ。ところが市民会館の使用者欄に営業店の名前を使うと使用料が非営利にならないという事態になった。まあそんなことをクリヤーするなんぞ訳も(屁のカッパ)ない。その場で明石デキシーランドジャズ協会を結成し、会長・津野伸一と書き込み会場申込完了。
以来6回にわたり開いた主催者はこの明石デキシーランドジャズ協会となっている。そのうえいまだこの協会は休眠ではあるが、解散消滅したわけではない。だって会長1名会員1名なんだから解散のしようもありません。

   第1回 GOOD TIME JAZZ CONCERT 司会・安達晴彦
     1975年4月23日 会場・明石市民会館中ホール

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CIMG9523A.JPG
























 毎年この時期になると、明石で開かれるJAZZコンの知らせが耳に入り、内心は古傷を思い出すようでなるべくなら行かずに済ませたいのだが、啓三からのお誘いTELと弘子ちゃんが行かないとと用意をするもんだから、おずおずついていくこととなる。
 最近、明石市はなんでもかんでもTACOを付ければ良いと考えているらしく、タコフィルのタコジャズのと芸のないことおびただしいもんだ。といっても、我が土佐も龍馬空港の竜馬温泉のと、やってる事は同じか。
 今日の会場、明石公園中央広場は雲ひとつない快晴に恵まれて、聴衆は木陰を求めての観爛となった。
我々はステージの真正面、ベストの位置に陣取って、いやいやの筈が、ビデオ・カメラと用意して、気合いが入つている。
 当ブログで記述進行中のMUSIC INN BOSSA・RIOに蒔かれたJAZZの種が35年後にここまで育つとはとの感慨は一人私だけのもので、プレーヤーも観客も実に楽しそうにJAZZにひたっている様子。実際JAZZコンにこれだけの聴衆があつまるだけでも大したもので、控えめながら手拍子も出て、聞き手もかなり成長しているのを感じた。会場のそこかしこにおなじみの知って顔が散見。べースの今井正芳も一緒になって生演奏を楽しむ。
 肝心の聴いての勝手な感想を2・3。①会場の広さ、OPENに対しPAが少々貧弱だったのでは。②各バンドの方向性、目指すところが今回ははっきりとしていた。③私には驚きの明石南高校OBバンド・BLUE SOUNDS 135°のトランペット。バンドマスター小林明氏は宝塚劇団のバンドでご活躍とはさんざん聞かされていたが、私にとっては幻のペット。片岡学氏と並ぶ明南が生んだペットの名手。その指揮ぶりからして、懇切丁寧なお方とおみうけする。そして圧巻は「エストレリータ」のSOLO.。74歳であの音はあり得ない。ベルベットとはいわないが、明石のハリージェームスと称したくなる色気十分です。かねがね明南ブラスが盛り上がっているとはきいていましたが、今目前に居並ぶ我々よりもう一世代上のJAZZメンこそが明中音楽部から、泣く泣く明高、明南と分裂を余儀なくされた時の残党ではありませんか。この年代は戦後のアメリカ音楽・進駐軍のJAZZに突き動かされてあまたのJAZZメンを輩出した歴史があります。まるで40年はワープした心地がしました。
④川重バンドが今回で解散とか。ご苦労さま。⑤エバーグリーンがジュウクボックスJAZZとは言い得て妙。やはり50-70歳のお楽しみバンドながら、実力は侮れません。⑥メイトJAZZはもう素人の域をはるかに超えました。選曲からして玄人好み。心配はプレーヤーも聴衆もどこまで付いてきてくれるかなとの一点。⑦ジュニアバンドが良かったね。高校生だからとなめたらいかんぜよ。個々の音だしはまだまだかも知れないが、今回を目指して相当アンサンブル練習を重ねた努力を感じましたよ。このバンドがこれ一回で解散とはもったいないかぎりです。⑧SFは藤原君の提唱バンドと理解している。各バンドの選抜があつまってのレベル高いよ。⑨ゲストのアルトサックスの宮崎隆睦は物が違ったね。高校生のころメイトジャズに参加していて、たびたびエラウマのSAXと聞いてはいましたが、その後の精進ありあり。本物の演奏は迫力満点。第二のナベサダといったら本人はおれは宮崎だと言うに違いない。今は吹きすぎの感あり、あと10年経ってワビ・サビが出てきたときジックリ聞きたいな。⑩運営の中心・薮内良治君と藤原建材店若旦那に感謝。

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img447A.JPG                                                                                                      第10回と翌年の第10回二年連続して出演し、ヤンヤの喝采を頂いた頃が、我がボサリオ一座の絶頂であったのかな。他のバンドには見られないユニークな編成、クラッシックばりのハーモニックな高い音楽性、そして斬新な編曲・選曲。これらが伊藤隆文の大看板の御蔭で一躍面白いバンドが明石にあるとの評判を頂くこととなった。また伊藤隆文は我々にとってJAZZの神様であった時代でした。
 一方このFESTIVALも第10回という節目を迎え、ある意味黄金時代を迎えておりました。それが証拠に第10回の実況録音盤レコードは一挙2枚組となっております。とくに第10回の出演者で目を引くのが、ザ・バンジョーバンドの面々。当時考えられるベストのバンジョー名人上手が3人集まり編成したバンジョーバンドはこの回の目玉企画でもありました。メンバーはBjo 津村昭、大森重志、サミー川島の御三方。サミー川島はかの「ソネ」の新店『バンジョーハウス」を任された腕利きのプロ。大森氏はSUNTORYのデザイン室長で、我々が目にする洋酒のラベルの殆どを手がける有名なデザイナー。バンジョー片手に(両手にか)少々ニヒルな微笑みは女性軍に人気の的。天は何物を彼に与えれば気が済むんだろう。最後の津村氏はバスクリン・漢方薬で御馴染みの津村順天堂の御曹司。バンジョーが高じてとうとうプロも裸足で逃げ出す腕前になっちゃった人。
それはためかどうか知らないけれど、のちには順天堂の経営権を失うはめになりました。道楽も程々に。なにかしら耳が痛いきがする。
 このFESTIVALに限っていえば、3年後の第13回にも出演しましたが、神戸中央公園で開かれたこのコンサートの頃は、伊藤隆文が神様でなくて、久米の仙人になっちゃって、Y子さんに夢中。選んだ曲も、Y子さんに歌わせるために、あろうことか天地真理の「水色の恋」だったかをJAZZ風にアレンジして出る始末。当然最低の反響で、一時の評判はガタ落ちとあいなりました。
 しかし、第10回の曲目の中のダークアイはルイ・マスターピースとともに、伊藤隆文の絶品アレンジの一つであると今にして断言できるものでありました。・・・オチョチョニア・・・                                           img446A.JPG
 

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img425A.JPGこの9回全日本DIXIELAND JAZZ FESTIVALにいたって実況録音のレコードがだされることとなった。我々は初回の参加にしてレコーデイングという幸運にも恵まれた。そのレコードの解説書を見るとなんと野口久光先生とある。JAZZの大権威であります。その野口先生曰くこのFESTIVALは『遠い国日本に蘇り、人々のこころのなかに生き続けるニューオリンズ・ジャズの精神とたのしみ、それを目の当たりに見せてくれたFESTIVAL』とある。出演メンバーも当時そうそうたる顔ぶれで、それぞれが得意の曲を演奏していたのが解る。ところが録音時間をよくよく見ると、かの老舗バンド・ニューオリンズ・ラスカルズが2曲で9分を占めているのに対し、初めての我がボサリオ一座がルイ・マスターピース一曲で9分ちょうど。ほかのバンドといえばせいぜい一曲4分の扱いだ。
今にして、伊藤隆文のネームバリューがいかに効いていたことか、またその時、演奏終わりで面食らうような拍手喝采を受けた理由が35年後の今にしてよく分かる。ルイの名曲を5曲も並べ、しかも抜群のメドレーアレンジで、今までにないハーモニックなバッキングをつけ、ルイばりのトランペットアドリブとくれば、フアンは涙をながして喜んでいたに違いありません。
そんなことを思い出しながら解説の裏面を見てみると、各バンドのメンバーがそれぞれの佇まいで写った写真がありました。
御大将・伊藤隆文がペットを掲げての姿はまるでサッチモ。なにしろパラヨッテ(酔っ払って)からが本番という困ったラッパで、びっくりするような名演奏は、ほぼヘベレケ状態に立ち至って出現する。そのうえ本人にはその記憶がありません。・・といった状態が35年、いやプロの時代からそうあったらしいから、50余年続いた結果かなり肝臓が傷んで、現在自宅療養中。・・・まことに淋しいが、身体が第一です。
左右に津野兄弟で、なかの3人のうちまん中のベースを抱えている人物は、実は今井正芳とありますが、今井君が江井が島酒造の営業の仕事が外せなくて、サブの北上君に御願しての撮影でした。けれど昨日のそごうの舞台に写っているベースはどう見ても菅沼一典さん。その左右がドラムの田中千秋さん(印刷会社営業マン)に、ピアノの有野憲英さん(雪印乳業神戸工場工務課勤務)。御揃いの燕尾服を着ているのは、ターヤンの妹さんが貸衣装屋を営んでいて、この写真のために貸してくれたもの。それにしても皆若いわ。 

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img426.jpg実は歌だけで舞台に上がったのは後にも先にもこの時限りだが、ターヤン・ナッカンのプロとニューオリンズ・ラスカルズの名トロンボーン福田氏、NHKのプロデュサー・クラの福家氏と関西TOPの実力者を揃えたアンバサダーと南里文雄師匠のステージで南里文雄作曲の「限りなき愛情」を歌うはめになっちゃった。南里先生と奥さまとの純愛は映画になったぐらいで、その映画のテーマ曲ではなかったかな。とくに南里先生が失明してからの奥さまの献身的お世話は、それこそ限りなき愛情と言える。先生に、失明の原因を恐る恐る尋ねてみると、いともアッサリト、麻雀のやりすぎだったとの返事。不遇を託った際にのめり込んだ麻雀のせいだったんだ。
ステージは私の歌以外は受けに受けました。レッツゴー三匹のお笑いもデキシーに絡んだネタを繰りひろげ、南里師匠の18番の「バラ色の人生」・「聖者の行進」で最高に盛り上がり、式典のアトラクションは無事終了。
もちろん、アフターのボサリオでのジャムセッションのほうがより盛り上がったのはゆうまでもないこと。
このイベントがあったわずか2ヶ月後、かの末広光夫MUSIC・PRODUCERが主催していた第9回全日本デキシーランド・ジャズ・フェスティバルにボサリオ一座として出演が決まった。
ターヤンこと伊藤隆文が明石に帰ってきてやっとオリジナルバンドを育てる気になったことで、連日の猛特訓が始まる。薗田憲一とデキシーキングスの初代トランペットで鳴らしたターヤンが、素人を集めたバンドとは言え、いい加減な演奏では恥をかくことになる。この気持はバンドの皆が共有し、これがために今までにはない、アンサンブルの完成度の高いバンドが誕生することとなった。
編成はONEペットTWOボーンという変則編成。これには訳があって、ターヤンのペットに絡むには相当の腕がいるし、我々にはそれがない。さすればTWOボーンでハーモニーを主にバッキングに徹し、エバーグリーン的なアンサンブルで勝負するしか道は無い。そんな訳で選んだ曲が「ルイ・アームストロング・マスターピース」
①WESTEND BLUES②POTETO HEAD BULUES③BY AND BY④WHEN IT’S SLEEPY 
TIME DOWN SOUTHの5曲で構成された、どれもこれもフアンが泣いて喜ぶルイのお得意の演奏の、それも良いとこだけを明石のターヤン・日本のルイ・アームストロングが吹きまくった。
3管が奏でる音の分厚さは特に5曲目のDOWN SOUTHでは、吹いている私自身そのハーモニーに包みこまれる心地よさに浸るほどの名演奏が実現したのです。・・舞台は神戸そごう屋上ビヤガーデン特設舞台上。406cd2d6.jpg
 

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