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ツアー最終日R282を八幡平へと出発。長嶺に至りR341へ。熊沢川を遡り、坂平に至ると、そこからは温泉郷のメッカ。東トロコ温泉・長者の湯・トロコ温泉。そして八幡平への八幡平アスピーデライン入口の案内を通り過ぎる。大場谷地を通り抜ければかの玉川温泉郷である。効能あふれる癒しの温泉と自称するのも無理からぬ湯治場として、予約の取りにくい温泉で有名な玉川温泉。泉質をみると酸性ー含二酸化炭素・鉄・アルミニウムー塩化泉とある。ph1.05と極めて酸性が強く、遊離塩酸を多く含有し、温泉が98°の熱水で無色透明、硫化水素臭があります。おまけに一か所からの温泉湧出量(9,000リットル/分)は日本一。各種細菌類に協力な殺菌力を発揮するとか。温泉水や湯華、土砂などに微量の放射能を含有することから、特別天然記念物「北投石」を生成、産出する。長期間にわたる湯治が効果を現すことからと、入浴にあたりこまごまとした指導が必要なことから、ことさら浴治と別称している。とやけに詳しく記したのは、必ず再訪するぞとの決意の表れと思って下さい。世俗の戦に破れた身を癒し、隠れ住むのにこれ以上の場所は無い。ただこの酸性の湯のため、宝仙湖(玉川ダム)に注ぐ川には魚の姿が無い。玉川毒水と田沢湖の関係などこの地の温泉にまつわる光と影を感じる。
玉川ダムから道をR105へととり、バスは一路角館を目指す。
桧木内川桜並木堤に沿って設えられた大駐車場には、観光バスが溢れんばかり。町をあげての恒例の桜まつりの真っ最中。しかし、今年の異常天候により、ここも新緑が瑞々しい。
桜はもうとっくに諦めて、この街を究めようと大通りに繰り出す。連休の最中、行き交う人々の波を掻き分けるようにして進んでゆく。この街の特徴の一つに、町の中央を幅25mの大路が武家町と商人町を分断していることです。北側に位置する武家超は、深い木立が覆い、一方、南の証人町は家並みで埋め尽くされている。町が造られた元和6年には、武家屋敷80戸、商家350戸を数え、秋田藩の支藩としては最も大きな城下町を形成していたという。その武家屋敷の代表が青柳家であります。そしてこの伝統的建造物保存地区の風情はまさに藤沢周平書くところの「たそがれ清兵衛」あるいは「蝉しぐれ」の世界に私には思える。その町の角角にシダレサクラが実に多い。ほんの数本はまだなごりの花を付けていて、一度は諦めたものの、やはり満開であればどれほど見事かとまたまた悔やむことしきりとなった。このシダレはエドヒガンがシダレとなったものだそうで、明暦2年(1656年)角館の所預かりとなった佐竹義隣(よしちか)の嫡男義明(よしはる)の妻が、お輿入れの際に生家の京都三条西家から持ってきた桜の苗木3本が植え継がれて200本にまで増えたそうな。
あっという間の散策を終えて河原に戻ると角館町観光大使の襷をかけたおねいさ
んが着物姿で熱唱中。なかなかの美形で思わず駆け寄ってしまった。名前を小桜舞子さん。ああ天の恵みか、憐れみか。・・・あとは小町じゃなかった「こまち」に乗り込んで帰路を急ぐばかりとなりました。
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永遠の自営業者で好奇心の塊。
自他ともに許す体育会系ミュージシャン(SoccerとTronbone)