忍者ブログ
書きますよ~皆さんついてきてくださいね!
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 いよいよ半島が緊迫してきた。
この3月末、韓国哨戒艦爆沈を受けての日本政府の危機感の無さは本当に信じがたい。
普天間基地の移転問題に明け暮れて、まさに半島有事がもたらす日本国に及ぼす危機の検討がまるで為されている形跡が見られない。
5月20日になって合同調査団が調査結果を発表し、北朝鮮製魚雷の爆発が原因と断定した。
これにより半島有事の可能性が増大し、米韓国軍は当然に警戒度を引き上げている。
一方、我が鳩山首相は、記者団のこの有事状態への対応の内、せめて自衛隊の態勢を引き上げる必要はないのかと言う質問に対して、平野官房長官に聞いたところその必要は今のところ無いとのことだとのたまう。

昭和25年6月25日に勃発した朝鮮戦争は戦後困窮の果ての日本に空前の軍需景気をもたらした。
金ヘンの物は何でも高値が付き、町のガキ大将迄が大きな磁石にひもを付けて、街中を走り廻る始末。
米国の日本統治方針もガラリと変わり、それまで軍国日本再生を懸念して鉄砲の1つも取り上げていたものが、極東戦略の重要な一員としての位置付けに変わった。警察予備隊他自衛隊の前身が設立された。
戦争放棄の新憲法の下にであります。
かくして半島の悲劇を横目で見ながらせっせと経済活動に専念して漁夫の利を得た日本でした。

北朝鮮の発表は、この哨戒艦爆沈が北朝鮮によるというのは全くの濡れ衣で、もしも何らかの制裁が有れば、全面戦争も含んだ報復処置を取ると言う何時もの強硬宣言だ。
ところが、今回の攻撃に関しては相当困難な作戦で、思い出せば日本軍による真珠湾攻撃の一手、特殊潜航艇による魚雷攻撃に匹敵する。その狙いは不可解で、軍の独走説もささやかれる。

いよいよ、南北手切れとなってドンパチが始まろうと言う瀬戸際、懸念されるのは日本生贄作戦のこととなります。
北はきっと韓国への乱入よりも、同盟国日本への報復攻撃を宣言するのではないか。
いわゆる人質作戦であります。
弱腰日本は自国民が拉致されても人ごとで済ましてきた。
まして北のミサイルが雨霰と降って来ることなど予想もしない脳天気さ。
その日本を脅すしか実は北に遺された対抗策はありません。
どうする、どうなる日本。



拍手[0回]

PR
 鳩山首相の今なお普天間基地問題5月末決着発言。小沢幹事長の再事情聴取、それも任意。
その事を質問する女性記者のマイクを振り払う姿はどう見ても褒められた物ではありません。
一体、今我が国の為政者に何が起っているんだろう。
これ程為政者の言葉が軽かったことが有ったろうか。
客観的に見て、誰もが出来っこないことを自信たっぷり仕上げるとぬかす。
絶対権力者であるはずが秘書のしたことは知らぬ存ぜぬを通す。
一体彼等はこの国を預かっていることをどう受け止めているんだろう。
鳩山首相、小沢幹事長の日ごとの顔付きを伺うが焦燥の陰も苦悩の皺も見られない。
毎夜充分な睡眠が取れている様子。多分酒も食事も旨いことだろう。
人間苦難を抱えれば美食も砂を噛むがごとしの筈が如何したことか。
其れに対して世間マスコミの突っ込みの軟弱なこと夥しい。
戦後民衆が飢えに泣いた時そこまで言っちゃあ不味いと思わせる流言が有ったことを覚えている。
曰く「朕はたっぷり食ってるぞ、汝臣民植えて死ね」。
今、日本の人民には、現政権為政者に対し、これ程痛烈な一言をかますだけのエネルギーも根性も残っていないのか。
だらしない人民に見合っただらしない為政者。要は全て我々自身の為せる業。
而して遺された道は、維新以前の現代版草莽崛起のみか。

拍手[0回]

 東郷外相の甲案は天皇制護持だけを唯一の降伏条件としていた。阿南陸相が書いた乙案は、天皇制護持の他に、占領不可、軍の武装解除不可、戦犯指定不可の三つの不可条件を付け加えた徹底抗戦玉砕論であった。
東郷外相と元老の平沼枢密院議長と、日独伊三国同盟反対論者だった米内海相が甲案を支持すると、阿南陸相、梅津、豊田陸海両総長は乙案支持。阿南陸相は「敵の本土上陸作戦をとらえ痛撃を与えてから好条件で和平したいと存ずる」と所信を述べた。
さて甲案賛成3名、乙案賛成3名で、議して決せざるとき、鈴木貫太郎首相(海軍大将)は天皇の裁下を求めた。そして天皇は甲案を採った。
思えば、開戦の詔勅を求められた際も、すでに決定された上奏を裁下するということで、天皇の意志による判定の逆転は決してあり得ないし、天皇の意志表示を以て事が左右されるような事はなかった。
しかし、ここにきて遂に国家首脳が雁首を揃えて天皇の判断に全てを委ねると言う未曽有の事態に立ち至った。

思えば、天皇ほどに近来これ程重い判断を求められた人間が一体何人居たことか。
二つの原子爆弾とソ連参戦というダメ押しがあったとはいえ、甲案を取れば、軍による反乱・クーデターの可能性もあり、事実玉音放送の録音盤を巡ってその動きがあった。
そして、以後43年、その判断が正しかったかどうかの十字架を背負って過ごされた天皇の心中がどれほどのものであったのか、今更ながら、近頃の国家指導者の情けない体たらくを見るにつけ、思われてならない。



かくして8月15日正午天皇の降伏受諾は放送された。

拍手[0回]

最近つくづく昭和天皇の偉大さを感じる。
八月九日、深夜十一時五十分から皇居の地下十メートルの深さに掘られた防空壕の中で、最後の御前会議が開かれていた。
天皇は金屏風を背にして一段高い玉座。大元帥の制服。天皇の玉座の前にコの字型にテーブルが置かれ 、天皇側から見下ろして左側に鈴木貫太郎首相、阿南惟幾陸相、梅津美治郎陸軍参謀総長が座った。右側には平沼騏一郎枢密院議長、米内光政海相、東郷茂徳外相、豊田海軍軍司令部総長が連なり、陪席したのは迫水久常内閣書記官長、池田内閣総合計画局長、吉積陸軍軍務局長、保科海軍軍務局長らでテーブルの上には、東郷外相が書いた甲案と、阿南陸相が書いた乙案の二つの書類が載せられていた。
東ドイツの古都ポツダムで、戦勝連合国が発表した無条件降伏宣言の中には「天皇の地位」は空白にされていた。ポツダム宣言発表後二週間の空白期間を経過し、その間、広島と長崎に二個の原子爆弾が投下され、ソ連軍の参戦という恐怖的な大付録が付くまで、政府と軍部が宣言受諾を戸惑ったのは、ポツダム宣言内に「天皇の地位」が空白化されたためであった。宮中地下壕、最後の御前会議の席でも、最後の最後まで揉めに揉めたのはこの一点であった。

拍手[0回]

 楠木正成の七生報国(ひちせいほうこく)はどうやら誤って解釈されているのではないのかな。
後醍醐天皇への意見具申を無視され、その上生還の叶わぬ湊川への進軍を命じられた際、評定の間の壁に右手の指を食い破り血書した「七生報国」の後に「たが為の謂ならむ」と続く。
七度生まれ変わって国のために尽くしたいと願うのは、天下のためであって主上お一人のためではない。その事を分別して、王道に戻ってもらいたいという願いを込めた諫言だ。
菊水(掬水)の印、非理法権天の幟をたて、回天を目指して特攻に散った若者の胸中にあったのは、父母家族の暮らす山河を守らんが為であった筈。
浅沼稲次郎を刺した山口二矢(おとや)も七生報国と遺書して首を吊った。

拍手[0回]

[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
[01/30 つのしん]
[01/30 さくら]
[01/30 さくら]
[10/06 かめいち]
[10/03 庫山堂]
最新TB
プロフィール
HN:
つのしん
性別:
男性
職業:
企業向不動産仲介・企業立地
趣味:
ボランティア活動
自己紹介:
ふるさと高知と龍馬をこよなく愛し、元気に活動中。
永遠の自営業者で好奇心の塊。
自他ともに許す体育会系ミュージシャン(SoccerとTronbone)
バーコード
ブログ内検索
カウンター

Copyright © 『つのしんの独り言』 All Rights Reserved

Template by ゆうじ

忍者ブログ [PR]