書きますよ~皆さんついてきてくださいね!
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 念願の2部昇格がかなったとして、たちまち翌年には3部墜ちが今までの現実。
しかし、今期は悠悠2部昇格を決め、なおかつ2部定着そして上位に位置して、1部を伺う事が目的となっている。
さすれば、あと8試合(ABCリーグ間順位決定戦含)を全勝し、自動昇格する勢いを見せねばなりません。
最近は、チーム全体の動きをみると同時に、個人技にまでカメラを向けることが多くなっている。
ちなみにこれまでの3試合(花園大含)の得点ダービーを記すと、
西ー6点、喜田ー5点、坂本ー4点、槇村ー3点、兼折ー2点、鶴川・竹内・森下・山本・松田・田中各1点
となっている。
特長としては、西・坂本のゴールゲッターに加えて1・2回生が頑張って、誰が出場してもゴールの予感がする層の厚さが増してきたことだ。
今日も今から阪大外国語部Gに応援のため出発す。

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 経高は、康保(こうほう)2年12月2日、年74歳で没した。この時の士民らの悲嘆は誠に深いものがあった。
その為、領内至る所で読経の声のみ高らかに響いていた。
実に須崎の浦に経高が姿を現してから53年の永い年月が経ったものであって、その間に成し遂げた開拓統治の功は着々積み重なり、士民等は慈父のように慕っていた。
その亡き屍は、等明王寺に丁重に祀られて、常明院といい、香崋の絶える間が無かったと言い伝えられている。
経高の後代にはその他別して記するべき事は無いが、天慶年間に平将門の乱があった。
将門は桓武天皇より出て平良将(よしまさ)の子であった。自分が検非違使たらんことを求めたが、藤氏の門閥政治のために用いられないことに憤どうって、関東一帯を攻略し、下総の相馬郡に居場所を占めてここを都と称し、自らを平天皇と号した。
この将門の乱と時を同じくして藤原純友率いる海賊集団が瀬戸内海を中心に暴れ回ります。
藤原純友は、伊予の国の国司並として赴任した後、土着して力を蓄え、海賊を支配下に置き、船で運ばれる朝廷への貢物や私物等を奪い、神出鬼没の海賊行為を繰り返していた。
なお939年(天慶2年)になると、その活動範囲は紀伊から摂津、北九州。土佐にまで及んだ。
とくに幡多の辺りは兵火を浴び騒擾の極みであった。
この時、津野氏は藤原姓であることから、純友を助けたんではないかと考えられるが、事実は之に反して、既に津野氏は正邪名分のなんたるかを弁え、之に抗して散々に害を蒙った。



 日本銀行が円高騰に堪りかねて、再びゼロ金利政策に舞い戻った。
古来、金貸しの強欲金利に始まって、盗人と売春と金利は歴史以前からの人間界の3大宿脗だ。
その金利がゼロ、庶民のささやかな預金の金利にして、以前は5-6%は有ったものが、0.01-3%では鼻くそにもならない。営々と老後資金を貯め、3000万の預金が有れば一安心とおもっていたらトンデモナイ。
国は庶民の懐に手を突っ込んで銀行屋にタダ同然で金を回し、2-4%の金利で貸し出せば、利益率一体どれほどの者になることやら。
企業は国内で低利で資金を集め、中国他国外に工場を建てる。そうなれば、国内の労働力需要は減り続け、なけなし預金の労働者はその職を失う。
金利ゼロ政策は庶民の犠牲の上成り立っていると言っていい。

我々の感じとしては、こんな異常な政策・世界が何時までも続く訳が無いと少々たかをくくっていたが、もう10年が経ち、やっとゼロ脱却と思ったら、またまた元のゼロに戻された。
そうなれば、腹を据えて、従来の経済学では解けない今後を、ゼロ金利の経済学という新しい分野と見据えて知恵を絞りださねばなりません。
なにせデフレは親の敵とばかりの金融緩和策が当分続くとなれば、やはり資本は不動産投資へと向かってゆく。今こそ、好立地の不動産を厳選して仕込んでおくチャンスであります。

この状況は1999年2月12日の日本銀行政策委員会・金融政策決定会合にて定められた前代未聞の「ゼロ金利政策」に始まつた際と極似している。
そこで当時発刊された岩田規久男著「ゼロ金利の経済学」を探し出してページを捲ってみる。
事態はほんと、今の状況その物で、この10年いったいこの国は何をしていたのかと目を疑う内容が記されている。
円は120円が100円へと高騰する事態を迎えて、為替介入資金の不胎化と非不胎化の議論も喧しく、ゼロ金利政策の問題点も詳しく解説されていて、之を円100円が80円と置き換えればそのまま今に通じる。
そして、今後の展開も当時と同じ進行を見せているj\事を考えれば、この円高がそうそう簡単に収まる訳が無く、ゼロ金利・円高騰を通常条件としての生き残り策を一刻も早く探る必要があると結論。
ただ一点違うのは、この状況をドル・円だけの関係で見てはならないことで、今回はむしろ中国元切り上げ圧力政策に絡むドル安・円高となっていることに留意する事が肝要だ。


 かの鈴木商店の名残を留める神戸高知県人土陽会が80周年記念事業として、第6回龍馬IN神戸としての龍馬甲子園2010「龍馬さんへの手紙・一筆啓上仕候」募集と同時に進めていた事業がアンパンマン招致事業だ。
アンパンマン招致と言っても何の事やら分かりにくい中、我が土陽会ではその成否が五分五分以下と見られていたことから、まるで合言葉としての符合のような扱いでした。
ことの発端は、公文名誉会長がこの12月開院となる「神戸こども初期急病センター」に土陽会として80周年記念事業として、何か良いアイディアは無いだろうかとの提言でした。その言葉の後に、たとえばヤナセ先生のアンパンマンの絵を飾るとかと続いた。その場に居合わせた会員全員が、その言葉に喰いついて、そのアンパンマンが良いんじゃないかと意見が一致した。病におびえ、疲れている幼子の心を少しでも和ますために、受付壁面にアンパンマンの絵画、それも本物を飾れないものだろうか。全員が一斉にため息をつく。
アイディアは良いが、アンパンマンの本物、それもそこそこ大きな絵となれば一体如何程になるのか見当もつかない。ヤナセフレーベル館のHPを覗いても、そんなに大きな絵は出ていないし。
高知のヤナセ美術館に有るような絵がなんとかならないものか。頭を抱えて考えた末、ここはヤナセ先生に直訴状を差し上げて温情・郷土愛にすがるしかないとなった。
元新聞記者の小島常任理事が熱筆を振るって渾身の請願文を作成し、願いを込めて発送した。
待つこと旬日にして、ヤナセ関連会社より、快諾の返事が届いた。願い・思いは通じるんだと一堂大喜び。
それからは、受け入れに必要な要件を整えることに腐心。身の丈以上の募金を含めての難条件を克服すべく、改めて会の団結と協力の絆を確かめ合う事と相成りました。
その結果、今日の理事会で麻野会長の強力指導を頂いて、全ての条件をクリア―した。
そしてもうアンパンマン招致の内容を公表しても良いんじゃないかとのお許しが出た。

かくして、11月7日神戸市中央区脇浜海岸通り1丁目4番11(HAT神戸)で神戸こども初期急病センターの竣工式が執り行われ、同時にアンパンマン絵の除幕が行われます。
土陽会の会員も出来るだけ多数参会する予定。
この絵がこのセンターの象徴となって、子供たちにアンパンマン病院と呼ばれるようになることは必定で、郷土高知の誇るヤナセ芸術と神戸の地を結びつけたこの事業は永く語り継がれる事になります。
まさに瓢箪から駒、夢叶ってアンパンマンが神戸の子供たちを励ましにやって来る。
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                                    【神戸こども初期急病センターの概略】
開設場所   神戸市中央区脇浜海岸通1丁目4番11 (HAT神戸内)
規模      地上2階  鉄筋コンクリート造
敷地面積   2,500㎡   駐車スペース 約40台
設備      診察室 回復室 処置室 トリア―ジ室 感染症室 レントゲン室 検査室 薬剤室等

診療科目   小児科
開設者     神戸市
運営主体   神戸市小児救急医療事業団
診察時間及び受け入れ患者数・・・夜間・休日365日の初期診療
受付想定患者数・・年間40,000人
特色    
緊急度を判断し、治療の優先度を決定するトリア―ジの実施  
一般患者と感染症患者の接触を防ぐための患者動線の配慮
小児救急についての啓発事業、電話相談事業などの子育て支援事業の実施
神戸大学こども急性疾患研究所併設
問合せ先   神戸市保険福祉局健康部地域保健課  ☎ 078-322-5246
神戸市小児救急医療事業団        ☎ 078-862-6075




 最近、10年前の書籍を読むことが面白くなってきた。
フタバ図書は西二見のあのダイエー・ハイパーマートがその後、カルフールとなり、今はイオングループがメインでその中の、新刊及び中古書の買取販売を兼ねている大箱書店だ。
そのコーナーの一つが105円均一。ここには有名著者のハードカバーがズラリ並んでいて、それぞれの分野毎に分類整理されている。
何故か堺屋と大前研一ものが多くて、殆どが読まれた形跡もなく、サラッピンもいいとこ。
そんなことで10冊ばかり買い込んだ中の一冊が日垣隆「日本につける薬」。
この辛口アウトサイダー本は意外に面白くて一気に読んでしまった。
特に記憶に残ったのが1999年4月に書かれた「脳死と脳生」というエッセイだ。
脳死については2010.7.17の臓器移植法施行をもって、喧しく報道され、日本の医療ガラパゴスの一角が崩れた観がある。その一方、やはりあまりにも日本人と思われる美談仕立てで本人生前同意もない中、家族が臓器提供を脳死早々に申し出る事態も起こっている。
既に世界では臓器の違法・ヤミ売買が横行していて、最貧国の若者の臓器が資源化している惨状もある中、この日本で今後臓器ビジネスがどう展開されるのか心配。

そんな感想を持つ一方、このエッセイが取り上げる脳生ということがきに掛かった。
脳生とは、脳死の真逆で、この状態はALS(筋委縮性側索硬化症)という超難病に見られる状態で、首から下は脳死患者と全く同じ。だが意識も思考も感覚も発病以前と同じで聡明で有り続ける。
人工呼吸器の発達で延命が可能となり、パソコンによるまぶたや肛門を使っての意志伝達も可能となった
其れが1980年代半ばで、脳が生きている限り、五体不満足でも十分なコミュニケーションが図れるまでになったいる。
この事を突き詰めれば、自己とは何ぞや、人間にとって脳とは何ぞやの厳しい命題を解くカギが有るような予感もするんだが。


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