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日経新聞の「私の履歴書」は皆さんもご愛読のことと思いますが、今連載中の近藤道生(こんどうみちたか)・博報堂最高顧問の回想中、昭和23-25年当時の徴税現場の状況が昔のある光景と重なって興味深かった。思わずそうだったんだと膝を打つほど。
氏はもともと高等文官試験行政科合格で大蔵省理財局に入省していたが、徴兵され海軍主計へと進み、南方最前線で九死に一生を得て引き揚げ。1947年3月に復職し、後に国税庁長官になった人物。
請われて博報堂の社長に就任。中興の祖と言われる。
その氏が横浜税務署署長に任ぜられていた頃、GHQによって申告納税制度が導入されていたにも関わらず、猛烈なインフレの影響もあり徴税率は最悪。そこでGHQは更生・決定という制度を活用せよと迫ったそうな。
申告してもしなくても税務署が納税者の所得を調べ、納税額を決める制度である。
占領下といいながら、今では考えられない強引・強権な徴税であり、現場の徴税は苛斂誅求を極めたといわれる。徴税強化に対する反発が、前年初めて密造酒を摘発した神奈川の関税課長が、帰途暴漢に襲われて殴り殺される結果を招いた。
その名残は独立後も色濃く残っていて、私が小学5-6年、昭和27-28年頃、新築転居していた材木町の客間に缶詰になって親父が売上伝票一枚一枚を点検され、あげくは仕入れたコーヒーの量から逆算して、あるべき売上を押し付け決定され、なけなしの売上金を徴税されていたことを思い出した。
現在の税収不足もこの手でやれば一挙解決間違いないしというもんだ。

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